壮絶努力子の人生①
壮絶努力子(インド人女20代半ば)は、インドのとある地方都市で次女として生まれた。
お父さんはビジネスマン、お母さんは専業主婦でお姉さんが一人の保守的な家庭で育った。
お父さんのビジネスはうまくいっていて、裕福だった。壮絶努力子がティーンの時、お姉さんが20台前半で結婚した。地方の保守的な家庭で育った娘さんとしては親、というか一族同士が決めた相手と結婚して専業主婦になるのはメジャー路線な人生である。
お姉さんが色黒だという理由で(インド人は白い肌が好き)、お姉さんが嫁いだ先でいじめられないようダウリー(新婦家が新郎家に持参する金や贈答品等)として3日間の盛大な結婚式代を壮絶努力家が貯蓄の全てをかけて負担した。
(因みにインドではダウリーは普通だし結婚式代を新婦側家族が負担するのが恐らく普通である。もっと因むと、金ないくせに全財産はたいて豪華な結婚式をしたり、特に田舎のほうや貧しい家庭ではダウリーが少ないと殺されたりいじめられたり上の代が死ぬまで嫁いだ先でこき使われるのも、割と普通である。昭和の農村みたいな感じ?)
壮絶努力子が同じ路線で結婚するのは数年後なので、その数年で壮絶努力子にも同じくらいの貯蓄ができるという算段であった。
が、お父さんが病気になった。
働けないほどの状態になってしまい、病院で手術や入院を繰り返した。
治療費ですっからかんになった頃、壮絶努力子が高校卒業の日を迎えた。
壮絶努力子は医者になるのが夢だった。
壮絶努力子は全寮制の学校に通っていて、医者になるという夢を叶えるため、毎日朝5時に起きて死ぬほど勉強していた。TVを高校卒業するまで見た事がなかった。成績が良すぎて、寮費・学費全てタダの特待生だったうえ、州立医大の入試面接さえ通れば年間日本円にすると5万円くらいで寮費も学費も賄われる特待生枠にも選ばれた。医大で5年半勉強すれば医者になれる超エリートコースだった。
あとは、200ルピー(1ルピー=その頃多分3円くらい。今は1.5円くらい)のバスに乗って州立医大の入試面接に行くだけだった。
こんな時に限って、インド名物の悪魔のようなウザい親戚がお母さんに囁いた。
「5年で25万円もするぞ!金がかかりすぎる。」
確かにもはや借金までしており、一銭もなかった壮絶努力子のお母さんも追い詰められていて、入試前夜に壮絶努力子を説得するしかなかった。
「本当にごめん。本当にお金がないから行かせられない」
壮絶努力子は発狂しそうだった。
「入試に行かせてくれないなら死ぬ!」
といって、服毒をするか(これといった毒が見つからず断念)、包丁で手首を切るかなどで大騒ぎになったがご近所さん(特に田舎のインド人は家に勝手に入ってくる)になだめられ、本当に一銭もない壮絶努力子はバスに乗れなかったため本当に入試面接に行けなかった。
壮絶努力子の努力は水の泡となり、3か月程何もせず鬱々とした日々を実家で過ごしていた。
インド名物、ウザい親戚は良かれと思ってなんと遠縁の親戚との縁談を持ちかけてきていた。その新郎候補のお家は皆いい人なので、事情をわかってくれてダウリー払わなくていいからという理由だが、因みにこのウザい親戚はウザいだけで、悪気は一切ない。
ティーンにして人生詰んでしまうことを恐れた壮絶努力子は、友達にこっそり300ルピーを借り、300ルピーのバスに半日乗り、隣の都市に住んでいるまた別の友達を頼って人生をかけた家出をした。
隠された秘宝を仕留めた話
隠された秘宝を発見した炭水化物子は、絶対に逃してはならない、つまり、確実に仕留めなくてはならないと確信した。
超エリートの某出来杉センパイも、秘宝のスペックをお伝えしたところ「えっ、それはなかなかすごいですね、よく見つけましたね」と驚いていた。
確実に仕留めるため、毎日疲れた身体に鞭を打って男心を延々と解説してくれるYoutuberの動画を深夜まで、一日最低5本は見て勉強した。日、米、豪のものを満遍なく見た。(インドのはなんか見ると疲れそうだったのでパス)
こんなに明確な目標とモチベーションを持ったのは前回の転職以来である。
具体的には諸先生方の(以下勝手に和訳)「言うだけで男を落とすテクニック◯選」 みたいな動画から、
欧米(マシュー先生、マーク先生)
「初めて会った気がしないわ…ずっと知ってた気がする♡」と言う
「家族を褒める」
「自分の人生に感謝している」と言う(そういえばナチュラルに壮絶努力子が言ってた…)
「Noと言い、自分の意見を言う」
「友達と会っていることを伝える」
日本(光◯先生)
「テキストメッセージの返信は2/3程度で」
「デート終わりは笑顔で見送る」
「ボディタッチする」←昭和…
など等を、可能な限り覚えて、自分でもできそうなことをそのまま実践した。
このような、積極的にチェックしていることを誰にも知られたくないような動画 (例えばチャンネル名が「Make Him Yours」等) ばかり見ていたおかげで、Youtubeアプリを開けると男の落とし方チュートリアルばかりおすすめに出てくるようになった。
夜な夜な世界の男を落とす為の動画ばかり見続けてわかったことは、日本代表、光◯先生のテクニックを駆使すると不幸になりそうという事であった。
なかなか使えるテクニックもあったのだが
「とにかく同調し、褒める」 「さしすせそ(注1)を使おう」とか、なんだかモラハラ男が集まってきそうな事も平気で言っていた。
ジェンダーバイアスバリバリの光◯先生は悪い人ではないのだが見過ぎると気が滅入ってくる。
注1: あの有名な、「さすが〜、知らなかった〜、すご〜い、センスいいですね〜、そうなんだ〜」というやつ
これはいけるやろ…となってきたところでマシュー先生にご教授頂いた、(以下勝手に和訳)「男に告白させるテクニック」のセリフを暗記してそのまま、本当にそのまま言った。
結論としては、隠された秘宝とはいえ、ここはインド(=インド人は大概経験値低めのため駆け引きに慣れていない)なので予習さえしっかりしておけば簡単なテストであった。
隠された秘宝を見つけた話
私、炭水化物子が絶大な信頼を寄せる同僚、壮絶努力子が、昇進した。
壮絶努力子は、若いのにめちゃくちゃ苦労人のエリートである。私は彼女の昇進をひっそりと祝うため、以前彼女に教えてもらった最近流行りの某出会い系アプリをインストールした。(ちなみに壮絶努力子は出会い系なんかやってない)
インストールした次の日、私、炭水化物子はスワイプするプロフィールがなくなるまでスワイプしまくった。その結果、なんとインドの隠された秘宝を発見してしまったようであった。
・ヨーロッパ留学経験あり(海外経験はインド人の価値観を変える)
・プロフィールにMBTIについて記載(三行以上のメールが読める人が好きそうな話題)
・グッドルッキング
・このスペックで、候補者として無理のない年齢(インド人は30歳くらいまでに結婚してしまう)
何がすごいって、なんと、「1言うと、5分かってくれるタイプ」であった。
どういう事かというと、こちらの発言や文脈から、発言に対する意図や背景、恐らく発生するであろう疑問等まで理解して先回りしてくれる、日本人好みの、是非一緒に仕事をしたいタイプである。
例えば、Kポップおじさん(墓場①参照)は「1言うと、10返ってくるタイプ」(=質問とかすると聞いてない質問への回答も含め10倍量のトークショーに直面することになる)であり、Aさん(墓場③参照)は「3言ったら、1分かってくれるタイプ」(=3回言ったらやっと伝わる)である。
そして、私の大嫌いな省略スペリングや変形スペリングを使わない人だった。(墓場②参照)
Hello→heyloo
What’s up?→watsuppp
People→ppl
Would→wud
私はすぐさま電話番号を交換し、電話での通話へ誘導した。
本当に「1言うと、5分かってくれるタイプ」であった。炭水化物子(バカ)の10倍くらい頭よさそう、かつ性格もよさそうだった。
秘宝に賭けることにした炭水化物子はいきなり夜デートへ誘導した。※下ネタはありません
デートの結果、本当に「1言うと、5分かってくれるタイプ」であった。
かつ、かなりそそるプロフィールであった。
・CAT(GMATのインド版)スコア99%でIIM(MBAのインドトップ校のひとつ)に入学したが、やりたいことが諦められず1か月でやめてヨーロッパへ留学した(全てのディティールに尊敬しかない)
・学生のときバイトしたことある(お金持ち学生はバイトとかしない)
・ヒンドゥーだからでなく「環境のため」という理由で菜食主義(これ言ってるインド人初めてみた。希少価値)
・好きな音楽のジャンル:プログレ(これ言ってるインド人初めてみた。希少価値)
・飲酒する(重要)
・寿司好き(重要)
炭水化物子の大好物、「インド人っぽくないインド人」であった。
因みに、壮絶努力子も「インド人っぽくないインド人」である。
本当は炭水化物子的にはある意味とてもインド人っぽいのだが、その話はまた今度。
唯一ケチをつけるとすれば、プロフィール写真(グッドルッキング)が6年前のもので問題なく経年劣化していたことくらいだったが、言うまでもなく当方もかなり盛った写真をプロフィール写真にしているため全く問題ない。
すぐにバレる嘘をつくのはお互い様である。
酒が入ってかつ深夜にまで及んだのにも関わらず、「あなたの家で飲みませんか?」とか全くならず、無事終了した。(墓場⑤参照)
インド(の出会い系)の隠された秘宝を本当に発見してしまった。
炭水化物子はすぐさま壮絶努力子に隠された秘宝について報告した。
「超いいじゃん!!水を差すようでごめんだけど、一応オンラインストーキングしとこう。他人の事なんて本当にわからないから。FB、インスタ、ツイッターチェックしよ」
さすが壮絶努力子である。彼女のこういうところが本当に好きだ。実はデート前日に既にFBとインスタのオンラインストーキングは完了しており、そこから経年劣化の事実と既婚でないらしいことは既に突き止めていた。親族のページ(インド人なのですべての情報を常時絶賛公開中)まであら捜ししまくった。しかも私はバカなので誤って知らぬ間に友達申請までしており(本当にバカ)、無事友達になってしまっていたところだった。ツイッターは抜けていたため壮絶努力子がやってくれた(結局ツイッターはやってないっぽかった)。
持つべきものは友人とはよく言ったものである。
ところで、インドでは、結婚するときに一族同士で堂々と本当のストーキング行為をするのがスタンダードである。例えば、本当に結婚相手の職場に親族が訪れて本当でそこで働いているか確認したり、尾行して素行を確認したりするらしい。
インドは立派な発展途上国であり社会保障があまり充実していない。法や制度が整備されていても機能してない。(ここからは完全に炭水化物子の所見)そうなると、親族一同(だけ)が唯一の社会保障制度となる。そのような社会では、「一族のコマとしていかにコマの役割を全うするか」というテーマが自然と、かなり重要視される。信用できるのは一族だけだからである。なので、例えば結婚して家族に迎えるのであれば「一族が受け入れられる人かどうか」がスタートになる。何と、私の職場の某出木杉センパイは婚活時に同じカーストの人に電話をかけまくって奥さんを探したそうである。「うちのカーストは電話番号をあんまり教えてくれなくて婚活大変でした」という、日本人の私にはよくわからない感想を漏らしていた。
何が言いたいのかというと、私と壮絶努力子のオンラインストーキングなんて可愛いものであるという事である。
炭水化物子の墓場コレクション⑤
Bさんに醗酵(前記事参照)の恐ろしさを見せつけられ、自分もずっとひとりだとああなってしまうのではないかと心底怯える日々を送る炭水化物子は、友人・知り合い・信用できそうな人にはすべからく彼氏募集中であることを公表し、携帯電話の写真加工ツールを駆使して5割増しにしたお見合い写真をばら撒いたうえ拡散まで希望し、各方面でとにかく候補者を紹介してくれるように頼んでいた。
炭水化物子の思いを汲み取った友人たちは、何故かこんな私のために皆頑張って男を探してくれた。
そんなある日、友人から真面目そうでかつまともそうな好印象のインド人青年の写真が送られてきた。
「同じ都市ではないが隣州(近い)在住、7歳年下、日本人も顧客に持つ某企業のマネージャーTさん。なんとその日本人のお客さんからの紹介。日本にも行ったことあって、日本好きだって。どう?」
日本人からの紹介で、しかも親日というのは信用が置けるという点でかなりポイントが高い。私の中で日本人からの評価が高いということは、約束を守るとか、遅れるときは連絡するとか、聞かれたことを答えられるとか、3行以上のメールが読めるとか、初対面の人に突然学歴や住所や年収や家賃を聞かないとか、人のペンを気に入ったからといって勝手にポケットにいれないとか、そういう事だからだ。
また、日本人=金持ち=ぼったくり先と脳内変換されているインド人を何人も見てきた炭水化物子は真の親日インド人はそうそういないことも、そのありがたさも、自分に選ぶ権利がもはやほぼ残されていない事と同じくらいよくわかっていた。
しかも、同業だった。
運命かもしれないと思った。
やはり、友人の紹介は鉄板である。
「7歳上だけどいい?ていうか、是非よろしくお願いします」と即答した。
因みに、概して日本人はめちゃくちゃ若く見える(インド人にとっては)。インド人は無茶苦茶老けて見える(日本人にとっては)。見た目年齢が同じになるには、だいたい10歳くらいの年の差が必要である。なので、恐らく見た目年齢は7歳年上の私がむしろ下か、同じくらいなので違和感はないだろうと思った。
友人の隣州のお客さんまで炭水化物子が必死である旨が伝わっているなんて、有難い話である。本来無関係であった人まで、炭水化物子のために男を探してくれている。
その某お客さんから、数分後に電話がかかってきた。
お「あ、炭水化物子さん?隣州のお客さんです初めまして。」
炭「あっ初めまして、この度はありがとうございます。実は先日の展示会で隣州のお客さんに会ったことあるんですよ、名刺も頂きましたよ」
お「えっほんと?覚えてないわぁウフフごめんね。炭水化物子さん、インド人本当に大丈夫?インドどのくらいいるの?あ・・そう。7歳も年下?そうね、実は本人に聞いたんだけどOKだって。だから、炭水化物子さんが、私年上だし・・って変に気にしなければ大丈夫よ。Tは、日本好きだし、すごくいい子なの。Tとは家族ぐるみで仲良くしてるんだけど、実は叔父さんが某インド政府関係者で政府とのコネはバッチリよ。お母さんが調子悪くて、早く結婚したいみたい。家もしっかりしてるし、政府とのコネは本当に大丈夫」
炭「そのコネいつ使うんですか」
お「ほら、インドってそういうとこじゃん?炭水化物子さん、かわいいから大丈夫だと思うフフ。」
おじさんのはずなのだが、お世話好きのおばちゃんみたいなおじさんであった(褒めている)。
このおばちゃん(みたいなおじさん)はいろいろよく分かってることがひしひしと伝わってきた。覚えてない炭水化物子のことを可愛いと言ってのけるおばちゃん(みたいなおじさん)の適当さはピースでしかなく、私はこのおばちゃん(みたいなおじさん)に私のお見合い任せるわ・・!という気持ちでいっぱいになった。
おばちゃん(みたいなおじさん)との電話で心が温かくなった後、すぐにTさんから電話がかかってきた。なんと来週私の住んでいる町に出張で来るから会いましょうとの事だった。金曜の事だった。
とんだ上玉が来た・・・私はなんてツイてるんだろうと思った。そして各地で(初対面の人にまで)お見合いすることを言いふらした。
忘れていないと思うが、私、炭水化物子はバカである。
今なら胸を張って言える。ここは、インドである。そして、そのことを一瞬でも忘れてしまった私はバカである。
インド人なので当日の午後に言ってくるだろうと思っていたら、木曜の夜に「明日そちらに行くので会いましょう」とメッセージが来た。それまで何の連絡もなかったが、前日に連絡をくれるとは上出来である。
「わかりました。私はこのエリアで働いていて、お昼休みか仕事終わり空いています」と返事をした。
すると、Tさんから電話がかかってきた。
T「朝からそのエリアとは逆方面に行くので、お昼は難しそうです。夜、あなたの家で飲みませんか?」
私は、耳を疑った。というか、聞き間違いをしたのだと思った。
炭「すみません、聞こえませんでした。えっと、ディナーでも行きますか?」
T「そうですね、場所は明日決めましょう、終わる時間も確定してないので、また明日連絡しますね」
そんなわけないよな・・・なぜかそういう風に聞こえたが文脈が合わなすぎるので何かの間違いだろう。
明日の待ちに待ったお見合いを楽しみにしながら就寝した。
次の日の午後、Tさんから連絡がきた。
「〇時に、あそこのスタバでどうですか?」
私は安心した。
「いいですよ。あとこのカフェはTさんのホテルに近いですよ、どちらでも都合の良い方で」と返信した。
夜になってから、電話がかかってきた。
T「暑いからビールを飲めるところに行きましょう。あなたの家で飲むのはどうですか?」
今回ははっきりと聞こえてしまった。
炭「空調が壊れてる(本当)のでうちは無理です」と、口が勝手に喋ってくれた。
結局、検討の結果、Tさんのホテルのバーで飲むことになった。
Tさんは、ナチュラル3割増しタイプだった。今回はこちらも人工5割増しお見合い写真をバラ撒いているので文句は言えない。
Tさんは、こんなに暑いのに空調が壊れているなんてありえないので、ホテルの部屋を取ってそこで飲み、その後泊まるべきだと何度も何度も提案してくること以外は、まともに会話ができて頭の回転もよく、話してみると普通にいい人だった。
その提案を頂く度に私は大丈夫ですと被せ気味で即答していた。
Tさんは最近出張で行ったというアフリカのお茶をプレゼントしてくれて、私の外見をやたらと褒めて「最高で25歳までにしか見えない」と言ってくれた。まあ、Tさんが私の7歳下なので己を基準にするのであればそうだろうなと思った。
お見合いで分かったことは、Tさんはただただ穴があれば入れたかったらしく、入れられないのであれば用はないようだという事であった。
ここはインドなので、普通のことである。
当方にやる気が感じられないと判断したTさんは、1時間でお見合いを切り上げることにしたようだった。
Tさんはインド人なので絶妙に萎えさせる誘い方をしてしまうだけで、本来はスマートなジェントルマンなのでお会計をいつの間にか済ませており、帰りはタクシーに乗るまで送ってくれた。
私は、帰りのタクシーでTさんはやる気がすごくある方であったことを友人にメッセージで報告し、空調が壊れている家に帰宅した。
頂いたお茶は、クソまずかった。
炭水化物子の墓場コレクション④
Tinderをやめた私は、スワイプ疲れ、スワイプへの絶望、日常でのちょっとした事等が重なって少しだけ落ち込んでいた。
とある金曜の夜、自宅で洗濯をしていると私が少し落ち込んでいる事を知っていた悪いお姉さんからメッセージが来た。
「今友達と飲んでるんだけど、暇ならおいでよ!」
悪いお姉さんは本当に優しい人なのである。さり気ない気遣いがとても嬉しかった。金曜の夜も土曜も日曜も暇だった私はすぐにその飲み会に向かった。
会場に着くと、数名の男女がいい感じに盛り上がっていた。空いている席に座ると隣のインド訛りでない綺麗な英語を話すインド人、Bさんが話しかけてくれた。Bさんは長くヨーロッパに住んでいたが、今はインドに戻って仕事をしているとの事。悪いお姉さんによるとBさんはものすごくお金持ちらしい。とてもフレンドリーな人で、悪いお姉さんと私を二次会に誘ってくれた。
これが、地獄の幕開けだったとは私は知る由もなかった。
二次会で、仕事で20代のうちにヨーロッパに行きそこで現地の女性と結婚し、結婚は破綻しているが今も送金をしている事、インドへ戻ってから彼女が出来ても結婚しないと決めている事、インドで孤児院を支援している事等、20歳ほど年上のBさんの身の上話を聞いた。とても面白かった。夜も遅くなってきたところでバカな私は電話番号を交換し、解散した。
次の日から、グーグル翻訳を駆使した日本語ローマ字の長文メッセージが来るようになった。
ものすごく読みにくいし面倒くさかったが、最初はなんとか頑張って返信していた。
メッセージはいつの間にか英語に戻っていたがどういうわけか、だんだん量が増えていき、
威勢のいいメッセージ→返信もしないうちになぜか平謝り といったパターンが多くなってきた。
少し不審に思いつつ実害もないしまあいっか…。とバカな私は特に気に留めてもいなかったある日、お誘いが来た。
「時々ヨーロッパのアレが食べたくなって、5スターホテルに、ヨーロッパのレシピで特別に作らせているんです。よかったら悪いお姉さんと炭水化物子さんをヨーロッパディナー招待したいのですが、如何ですか。」
重複するが、私、炭水化物子はバカである。Aさん(前記事参照)を知能が低いとか言ってdisったが、私も負けず劣らずバカである。自分がバカだという事を心底わかっているからこそ、他のバカがどうしても許せない(同族嫌悪)。
私は食い意地が張っていてケチなバカなので、全てを忘れてタダメシに飛びついた。
行きますと二つ返事をしたあと、ヨーロッパの料理をGoogle検索してヨダレを垂らしたりしていた。
私は本当にバカである。
待ちに待ったタダメシの前日、いつものように大量のメッセージが送られてきたが、この時だけは少し違った。
Bさんの手作りプロモーションビデオが送られてきた。
曲に合わせてノリノリで一緒に歌っているBさんが映っている。たまにアップになったり、引きになったりリズムをとる右足がアップになったりしていた。一体、誰が撮影したのか。
最後の決めポーズ!
私はバカなので、ここにきてようやく震え上がった。
この人…おかしい。
気づけば、もうディナーは明日に迫っており本当に怖かったが今更ドタキャンするのも怖かった。
そして、結局時間通りに会場へ向かった。(何処かでタダメシを諦められない自分もいた。)
すると、何と悪いお姉さんは30分程遅れて来るという。私は恐れ慄いた。絶対にBさんと二人になりたくない。見つからないよう、咄嗟に女子トイレに隠れた。
悪いお姉さんによると、Bさんの友達も来るという。インド人の来る来る詐欺に慣れている私は、友達が来ているかどうかBさんに確かめた。
友達が来ているか聞いただけで取り乱すBさん。
それに、やっぱり来ていなかった。騙されて出ていかなくて良かった。
本当はすぐそこのトイレにいるのだが、悪いお姉さんにトイレに迎えに来てくれるようお願いし、一緒に遅れて来るという設定にした。
悪いお姉さんも無事トイレに到着し、一緒に会場へ向かった。Bさんはノープロブレム、と言いながらもう日本人は信用しない、とか何とか言っていた。
席に付くなり、「付き合いたい」と言われた。
私は咄嗟に、「ムリーーーーーー!!」とお返事してしまった。
この後のBさんは凄かった。
総会話量の9.8割をBさんの身の上話が占めているうえ、話しながら思い出して本気で泣き出したり、本気で怒り出したりしたかと思えば突然ヘッドフォンを取り出して「オレ今音楽聞くから二人で喋ってていいよ」と言って装着、その時間だけはお姉さんと会話ができるシステムが出来上がっている…という地獄であった。
あのプロモーションビデオは笑わせようと思ったのか、本気で作ってしまったのか、誰が撮影したのか等だけは聞こうと思って発言しようとしたが、「あのビデオは…」あたりで既に振り切れているBさんがめちゃくちゃ喋るため、結果質問すらできず、疑問のまま終了した。ただ、「いいねくらい言えよ!」と言っていたので、私がコメントしなかった事については怒っているらしかった。
8時に始まって、地獄のトークショーが終わったのは1時だった。
タダメシもらっても余りある地獄だった。ディナーはとても美味しかったが何故か半分も食べられなかった。
タダより高いものはないとはよく言ったものである。
1時に解放され、憔悴しきった悪いお姉さんと私は、帰り道でごはん美味しかったけど本当に疲れたね…と声を掛け合った。私より年上のお姉さんは、そこで含蓄のある発言をした。
「孤独感って、醗酵して毒気に変わるのよ…」
Bさんはもともとウン十年前のインドでヨーロッパに駐在するほどのエリートで、優秀な人だったのである。友達もたくさんいた。しかしいろいろあって孤独感がMaxになってしまい、Maxになった孤独感は醗酵していき…ものすごい毒気を放っている今に至る。
ここ数年、私だけでなく、いろんな人とよくトラブルを起こしているらしい。
しかし、そんなBさんの苦労や本当はいい人である事を知っているので、悪いお姉さんはBさんに優しい。器がデカイとはこういう事であると思う。私は器が小さいため恐らく一生Bさんに優しくしてあげる事はできないが、本当に憧れる。
この日、私は絶対に彼氏を作ろうと決意した。
炭水化物子の墓場コレクション③
Aさんは、ものすごくオシャレでイケメンだった。職業はカメラマン、30代前半。
AさんもTinderにInstagramのアカウントをリンクさせており、あまり期待せずにチェックした。カメラマンだけあってかなりの量の写真を上げていて、Aさんの写真も多々あったがどの写真も問題なくオシャレでイケメンだった。(自撮りもたくさんあるがインド人なので普通)
チャットで少し話したあと、電話で話す事になった。電話で話したAさんは知能が低そうだった。イケメンのAさんでも男性はTinderで女性とマッチするのが至難の業だそうで、マッチした、しかも先進国の外国人と…と言う事でかなりテンションが上がってしまっており、会ったこともないのにいきなり「手料理を作ってくれ!!」と言ってきたり、何かの流れで友達になってから好きになるまで時間がかかると言ったところ、「どのくらい!?いつ!?」とちょっとおバカな質問をする、理想のデート(スクーター二人乗りで公園に行く)について語る…など、30も越えた青年と話しているはずなのだが、高校生と話してるみたいだった。ちょくちょくイラッときて、「え、タダメシが食べたいんですか?」とか、「いつって、何がですか?」とか冷たく返してしまったが知能が低いのであまり伝わっていないようだった。でも、悪い奴ではなさそうであった。
天は二物を与えず とはよく言ったものである。
イライラしながらも、Aさんがイケメンであることは常に頭に入っていた。自分を偽る必要はないが、私にもう選ぶ権利などほぼ残されていない事だけはよくわかっている。テンションがブチ上がっているAさんと会いましょうという流れになるのに時間はかからなかった。
どこでいつ会うか、決めるだけなのにすごくイライラした。
何で待ち合わせ場所が橋の下なのかもよくわからないし、断っても断っても3回も迎えに来ると言われた。Tinderやってるよく分からないインド人に自宅の場所を教えるのとか絶対に嫌だった。Google mapリンクを送って、ってただそれだけなのに何回も何回も同じ事を言わなければいけないのがストレスが溜まる。
結局橋の下ではなく普通のカフェで会うことになり、既に疲れていたが会場に向かった。
Aさんは本当にイケメンだった。写真と全く同じだった。
知能は相変わらず低そうだったが、本当にイケメンなので全然イライラしなかった。頭は悪いが性格は悪くない。
ありだった。
その日は体調が悪かったのでお茶をしただけで、今度映画に行こうという約束をして帰宅したが、いい気分だった。
しかし、帰宅してしまうと同じようにまたテキストメッセージでやり取りする事になり、(イケメンの)顔が見えないため、知能の低さによる質問への回答のずれなどでいちいちイライラする事を抑えきれなかった。
イラッとする度にインスタストーキングを繰り返し、Aさんが本当にイケメンであることを忘れないように頑張った。
しかし、その日は突然やってきてしまった。
インスタに廃墟をバックに歩いているAさんの写真がアップされていた。悪夢のキャッチコピーつきで。
"Hipster mode on!!"
うわ…だっさーーーーーーー
こんなに短いのに、こんなに攻撃力のあるキャッチコピー(?)のセンスが、なんかもう全力で無理だった。何も言わなければ普通にオシャレ風写真なのに、このキャッチコピーがついただけですごいキモくなっていた。
どうしても希望を捨てきれなかった私は自分がおかしいのかもしれないと思い、絶大な信頼を置く同僚の壮絶努力子にAさんのインスタを見せた。
壮絶努力子は、破壊力抜群の短いキャッチコピーを音読しながらうわぁ…という顔をした。
私は、Tinderをアンインストールし、アカウントを削除した。
ちなみに、"Hippie mode on!!"もあった。
この2種類以外のモードはないらしい。
炭水化物子の墓場コレクション②
Sさんは、プロのクラブDJだった。こちらもTinderで知り合った。写真は爽やかな笑顔で、スポーツもしていてリア充といった感じだった。
インドアマ◯ンの、5スターホテルでのコーポレートパーティーに呼ばれるようなビジネスDJだった。
Sさんはチャットでいつもテンション高めで、ノリが良かった。今何してるとか週末の予定とか他愛のない会話をするだけで、会おうと誘ってこないのも印象が良かった。
ところで、インドは人口の大多数が貧しく、色々な意味でかなり保守的な、立派な発展途上国である。
今でも、結婚相手は一族が同じカースト内から探し出してくるのが普通。いとこや、親戚同士でのみ結婚するという一族もいる。
そしてそういう社会ではデートをする、異性と付き合うのはご法度である。
差別的な事を言うがそんなところであるので、私の経験上概してインド人男性はものすごく飢えていて、でも経験がないため女心をわかっておらず、積極的な性格だった場合は結果ものすごくウザくて危ない奴に成長する。ウザくて危ないから余計モテなくなり、更に飢えて、でも経験がないため…と悪循環することもしばしば。
人間関係は経験から学ぶものだということを実感する。インドですごくいい人とか、美しい人によるものすごく萎える誘い方を拝見した。
経験上、とか知ったふうに言ってみたがこれは女性がインドを1週間くらい旅行してみればすぐにわかる事である。
Sさんの話に戻るが、年齢もほぼ同じであることがわかり、これは期待できると思った。私から、お茶しましょうと誘った。
待ち合わせのカフェに現れたSさんはものすごく下を向いていて、信じられないことにものすごく静かだった。最初見つけられなかった、なんか薄くて。
そして、Sさんはナチュラルに写真映りがいい人だった。私もそうなので本当に人の事を言えないのだが、写真をとるとなぜか3割増しになる。
つまり、本物は写真の3割減になる。
私も同類なので写真を見ればSさんに悪気のないことがわかる。Sさんはナチュラル5割増しタイプだった。
話すと普通の物静かな人だった。感動はしないが、別に悪くなかった。その日はうつむきがちなSさんとお茶をして、帰宅した。
その後もたまにメッセージが来る。そして、そのメッセージはいつもかなりノリが良かった。
なんか、このギャップがダメだった。もしかして何かをキメてるのかな?と思って聞いてみたが、そういう訳ではないようだった。
見てみぬふりをしていたやたらと単語を省略する文体とか多用されるこの絵文字→😂も何かダサく見えてきて、だんだんイラつくようになってしまった。
最終的に既読無視をした。
その後、メッセージはこなくなった。